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  <title>モダンなポストモダン</title>
  <link>http://punkindoodlebaby.com</link>
  <description>RSSに乗せる説明</description>
  <language>ja-JP</language>
  <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 23:46:08 +0900</pubDate>
  <lastBuildDate>Fri, 21 Aug 2009 23:46:08 +0900</lastBuildDate>
  <category>教育と資格</category>
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   <title>ポストモダニスト紹介</title>
   <link>http://punkindoodlebaby.comartArticleContents/index/id/5</link>
<content:encoded><![CDATA[
■ポストモダニストと呼ばれる人たち<br />
1.リオタール（ジャン・フランソア・リオタール）<br />
この人は「ポストモダン」という言葉の仕掛人ともういうべき人物。「大きな物語の終焉」という言い方（著書の名前でもあります）で、近代主義の合理性や画一性、イデオロギーの限界を提示しました。「ポストモダンの条件」「知識人の終焉」などを執筆。<br />
2.デリダ（ジャック・デリダ）<br />
「ポスト構造主義」と言われる、ポストモダン時代の哲学の一派を作り出した人物。<br />
「構造主義」とは、物事を構成要素ごとに分解して、その要素間の関係を整理統合することで理解しようとするメタ的なアプローチを特徴とする考え方。数学、社会学、心理学、<br />
どを取り上げる際に、他の分野との構造の共通性、非共通性などを重視する「構造主義」の後に登場した思想で、デリタの場合は特に「書かれたもの」「書法」などの文字のあり方の研究から構造主義に挑戦する姿勢をとっています。日本にもデリタ派の研究者が多くいます。<br />
3.ボードリヤール（ジャン・ボードリヤール）<br />
ボードリヤールの哲学は、映画「マトリックス」の構想のもととなったことで有名。商品や事象がそのものの価値ではなく「記号」（コード）として現れる、大量消費、マスコミュニケーション時代の現象を採りあげた思想家。日本でも経営者や多くの文化人が彼の考え方に影響を受けたと言われています。
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   <category>ポストモダニスト紹介</category>
   <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 23:46:08 +0900</pubDate>
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   <title>ポストモダンな建築</title>
   <link>http://punkindoodlebaby.comartArticleContents/index/id/4</link>
<content:encoded><![CDATA[
■ちょっとバブリー！？なポストモダン建築<br />
合理的で機能的な「箱型」が特徴の「モダニズム建築」に対する反動として生まれた様式で、世界的には1960年代以降、1980年くらいまで、日本ではバブル時代の過剰な建築傾向にその影響を見ることができます。合理性と機能性を追求してきた近代建築によって、街並や景観があまりに味気なくなってしまったという反省のもと、古代や中世の華美、過剰な神殿建築や無駄な装飾物を採用するなど、外見として象徴性と個性のある様式が数多く登場しました。世界的な金満主義（バブルに近いです）とも重なって、不必要に資金をかけたゴージャスで独特の建物が増えた時代でした。日本においては、今はなき「ソフィテルホテル東京」や、「つくばセンタービル」「M2ビル」（元マツダのショールーム、今は葬儀場のメモリードホールです）「江戸東京博物館」などがあります。現在は、経済面の変化、エコ思想などの影響もあり、華美な建築に対する見直しが行われ、素材を活かした質素でシンプルなデザインが好まれる傾向になっています。
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   <category>ポストモダンな建築</category>
   <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 23:45:28 +0900</pubDate>
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   <title>ポストモダンな文学</title>
   <link>http://punkindoodlebaby.comartArticleContents/index/id/3</link>
<content:encoded><![CDATA[
■日本のポストモダン作家<br />
ポストモダン文学には明確な定義はなく、近代までの文学に対して、どことなく秩序、簡潔性、起承転結性、物語性、普遍性（はっきりとした主人公がいて脇役が居るといったような）、時間秩序などを欠いている、自由な文体や構成で欠かれたものを、こう呼んでいます。ポストモダンと言われる文学の中では、没個性（模倣、どこかで見た）さえもが、これまでの純文学の評価基準とは違うという意味で独自性と捉えられたり、だらだらと散文を並べることも、読み手側の個の中で勝手に独自に解釈されさえすれば、オリジナリティであると捉えられる傾向があります。日本の代表的なポストモダン作家をいくつかあげておきます。<br />
1.高橋源一郎<br />
パロディや模倣を駆使した前衛的かつ現代詩的な作風で、ポストモダン作家の筆頭格。<br />
代表作に「さようなら、ギャングたち」「虹の彼方に」など。<br />
2.島田雅彦<br />
「優しいサヨクのための嬉遊曲」で鮮烈デビューを果たし、「サヨク」自称や、一転した天皇擁護、村上春樹をはじめとする著名人批判など、物議をかもす発言が多いことで有名。風貌から「文壇の貴公子」と呼ばれ、女性ファンが多い。音楽にも造詣が深い。<br />
3.小林恭二<br />
メタ・フィクションといわれる、「虚構」的作風が特徴の作家で、「電話男」でデビュー。俳人でもあり、俳句の楽しさを一般に紹介する試みも勢力的に行う。
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   <category>ポストモダンな文学</category>
   <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 23:44:45 +0900</pubDate>
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   <title>ポストモダンな哲学</title>
   <link>http://punkindoodlebaby.comartArticleContents/index/id/2</link>
<content:encoded><![CDATA[
■ポストモダン哲学の代表的概念「価値の相対化」<br />
ポストモダンの発想はもともと、思想・哲学の分野から始まったもので、多くの学者が様々な論議を繰り広げてきました。ただ、その概念が、芸術や建築などのリアルな「モノ」に落とし込まれていく過程で、哲学的なポストモダンの概念は「言葉遊び」に陥っていったことが否めず、体系的に論証づけられてものは、結果的にはなかったと言われています。ちょっと専門的に学んでいる人にとっても、不必要に分かりづらくなってしまっているのだそうです。そんな中で、一般の私たちにもわかりやすく、ほとんどの「ポストモダン的哲学」の基本概念になっているのが「価値の相対化」です。教育現場で「絶対評価」と「相対評価」というのがありますが、あれを考えると分かりやすいのですが、ものごとの価値に「絶対的な基準」を設けない、基準はすべて個の中にある、という考え方です。この考え方をもとに、音階のテーゼを越えた音楽や、シンメトリー（左右対称）を無視したデザインなど、「ポストモダン」分野の様々なアウトプットがはじまりました。<br />
ただし、哲学や思想としてのこの考え方については、絶対価値がない社会の不安定さ、時代によって移り変わる相対化の集大成こそが絶対化である、といったような様々な議論がなされ、哲学者によっても捉え方や評価が分かれています。また、「ポストモダン」という言葉の流行に伴って、独自の哲学理論をこの枠にはめられることをいやがる哲学者が増えていったことも事実です。実際に、この頃にマスコミなどによって「ポストモダニスト」と定義された哲学者や思想家の多くが「自分をポストモダニストだとは思っていない」と答えています。
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   <category>ポストモダンな哲学</category>
   <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 23:43:21 +0900</pubDate>
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   <title>ポストモダンの概要</title>
   <link>http://punkindoodlebaby.comartArticleContents/index/id/1</link>
<content:encoded><![CDATA[
英語でPost Modernを直訳すると、「近代の後」。18～19世紀は、それ以前に比べて科学が飛躍的に進歩した時代として「近代」と呼ばれています。機械化、医学の進歩、コンピュータの進歩などによって生活が一気に豊かになり、この科学的発想を基本につき進むことが、人類の理想であるとする考えが「近代主義」です。しかし、20世紀に入って、人類はこの考え方の限界につきあたることになります。科学や機会化が人間に及びす弊害、没個性化や争い（戦争）、公害…近代主義が万能ではないことに気づいたときに生まれた概念、それを総称して「ポストモダン」と呼んでいます。<br />
<br />
■「個人主義」としてのポストモダニズム<br />
<br />
20世紀中盤まで主流だった「マルクス主義」によって、「真理のために社会を変革する」という思想が盛り上がり、多くの労力が社会全体のシステムの変革や制度の変革に費やされました。その効果によって貧富の差、労働問題、公害問題などが一定の解決を見るようになりますが、近代主義の中で勝ち取った「豊かさ」の中で、システムや社会が変わっても解決できない「個人」の問題が浮き彫りにされるようになります。「真理」「道徳」「社会システム」といった、歴史的価値観や共同体の枠組みに価値を見いだすのでなく、個人に内在する問題（恋愛、家族、個人の価値観、死生観など）に目を向け、横並び、不必要な競争から抜け出すことで、より自由で快楽的に生を謳歌しようという試み、それが「ポストモダニズム」なのです。この考え方は、1980年代以降、思想界のみならず建築、文学、デザイン、音楽などさまざまな分野に取り入れられるようになっていきます。余談ですが「ゆとり教育」なんていう、今問題になっている「個性尊重教育」も、この流れをくんでいると言えるのかもしれません。それはそれで、また新たな課題を引き起こしているわけで、実は「ポスト・ポスト・モダン」とも言える、次の段階の思想が、すでに求められている時代と言えそうです。
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   <category>ポストモダンの概要</category>
   <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 23:42:40 +0900</pubDate>
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